せっかく来たから、お散歩に出てみよう。
見てみて、たんぽぽ。
ふうぅぅっ!
道端に生えていたシロツメクサで妻は冠を編み始め…
似合うね、我が家の妖精さん。
優しい顔してるなぁ君は。こうやってみると女の子みたいだねぇ。
ちょっと歩くと川原があるんだ。
ほら、前に石を拾ったところ。
10回以上いったら勝ちね。
KJも、ここなら力いっぱい投げられるねぇ。
…あれ、KJあれなんだろう。
どーん。
でっかいねぇ。恐竜みたいだ。
ホイールローダーっていうらしいよ。ブルドーザーじゃないんだね。
川原を後にしたぼくたちは和菓子やさんでお菓子を買って、駅舎のベンチに腰掛けてひと休み。
お腹も満たされたところで、おばあちゃんちの裏山へ。
そこでは叔父がたけのこを掘っておりました。
KJ、たけのこは好きかい? と聞くとこの笑顔。
しかし、「持ってみる?」と聞くと…
「持たない持たない! ゴミちゅいてる」
…それゴミじゃなくて土な。
砂場遊びはするくせに、手が汚れるのを極端に嫌うんだから。
シティボーイねぇ。
さて。
ゴールデンウィークのおばあちゃんちといえば、最大の目的は、これ。
今年は気候のせいでお茶の収穫が始まるのが遅く、滞在中にたくさん摘むことができなかったけど、自分たちの「食用」に。

去年は妻が摘んでいると、横に来て自分もやりたがったKJだったけど、今年は怪訝そうな目で茶の木を見つめるだけ。
うーん、どうしてだろうな。植物はわりと好きなんだけど。
ぼく「KJ、摘んでみる?」
そろー…
KJ「ちゅまないちゅまない!」
なんだよ、またゴミついてるとかいうのか? と思いきや…
KJ「ちゅまない。葉っぱ、ぶちん、いたーい。かわいそう」
…そっか。
お茶の木が痛くないか気遣ってたのか。
優しいんだな、君は。
どんどん葉っぱを摘まれていく茶の木を心配そうに見つめるKJに、ぼくは自然の摂理をできるだけかみ砕いて説明してみたけれど、果たしてどこまで伝わっただろう?
そのうち見ていられなくなったみたいで、きびすを返して他の方へ歩き出してしまいました。
その後、使ってない畑の一角にテントを張ったり…
親父と叔父のギタープレイにKJがブルースハープで参戦したり…
祖父も祖母も亡くなって、きっと寂しい想いをしているであろうこの家に、楽しい声をたくさん響かせてきました。
さてマルク、そろそろ帰ろうか。
渋滞にはまることもなく、4時間ほどで東京へ。
家に着くと、妻が摘んだお茶の葉を天ぷらにしてくれました。
ぼく「KJ、これさっき摘んだお茶の葉だよ?」
KJ「ん?」
ぼく「KJが摘むの可哀想って言ってたお茶の葉」
KJ「ん?」
…まだ、今のKJにはピンと来づらいかもしれないけれど、これから少しずつ、食事=「命を頂いている」ということについて、教えたり、一緒に考えていけたらいいな。
彼にはお茶の木を可哀想と思える感受性があるし、ぼくらには、お茶農家である祖母の家という最高の環境があるのだから。
(夫)